ひとりごと

ふあー、週末のオンリーのサークルチェックしてたら、なぜか例の無断掲載についてもうれつに調べてしまい、気づいたら夜が更けていた…ほんとうはエスケープジャーニーの感想を書こうと思っていた…。

以下、虚実紛々な自分メモなので隠しておきます。
ツイッター各所の発言、作家さんのタンブラー等から拾ってきた一面的な情報から、私が妄想したことでしかありません。


 
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    空転する自問自答

    好きな作り手さんが悩んでたり、落ち込んでいたり、もしかしてもう描かなくなってしまうんじゃないかと思えたりするとき。こんなにあなた(のつくるもの)が好きなのになんの力にもなれない俺がくやしくて、どうしようもなくなることがある。
    受容する側である以上、ただ届いたものを読む。できるなら感想を伝える。それ以上になにかしようなんて望むのは、もやもやを晴らすための自己満足でしかない。

    「全然気にすることないよ」「じゅうぶんすごいです!」「描いてくれさえすれば、それで」って言ってしまいたくなるけれど、そんな気休め、必死で己と格闘している者にとってはなんの慰めにもならないだろう。
    ふじくんが「置き捨てられるコンビニの傘になった気がした」っていってたインタビューのこと、きっとずっと忘れられない。あなたの音楽に救われた人間がここにいるんだよ!って、首根っこつかんでゆさぶりたかった。でもそれは、私のための存在証明であって、彼をわかりたいわけじゃなかった。
    たしかに心のなかにあっただろう実感を否定したところで、いっそう彼を孤独にするだけだ。

    ただひたすら誠実であろうとする人たちのために、いったい何ができるのか。
    結局は、なんの力にもなれない無力な自分を受け入れるしかないのかもしれない。誰かが描いて、私がみて読んで、そこで生まれた反響をまた誰かに伝えたいと思って。その繰り返し。
    でも、好きだという感情は、それだけでとどまらない。もっともっとと、願ってすがってしまう。

    そんな堂々巡りの午前二時。
     
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      好きなものは好き

      手塚治虫文化賞選考委員のブルボン小林さんが、インタビューで「選考委員は傷つく」という話をしていた。
       

       手塚治虫文化賞は、8人の選考委員が1作品ずつ挙げたものがほぼ必ず最終候補になるんですよ。
       だから「今年の一番はコレだ!」って思って出すんですが、それを否定されるわけだから、まあ本当に傷つくんです。だからこそすごく考えて、他の候補作も読み込んで選考会に行くのに「なんか、こういうの挙げたら面白いかなって思ってですねー」みたいに軽く言い放つ委員がいたりするともう!(笑) 腹が立って!(笑)


      この言葉をきいて、ほっとした自分がいた。
      そうか、週刊文春で漫画評を書いているような人でも、自分の好きなものを否定されて傷ついたりするんだな。

      自分が好きなんだからみんなも気に入るはず、なんて思ってはいない。けれど、そういうふうに思っていたころもあった。
      私がこんなにおもしろいと思うんだからみんなも読むべき!そう純粋に信じられたこともあった。
      時が経つにつれ、そんな盲目な愛し方はひどく稚拙じゃないかと思うようになっていた。誰に何を言われようと、「そういう考え方もあるよね」とクールに受け流すのが大人なんだって、どんな考え方も受け入れるべきって思っていた。
      「どうしてわかってもらえないんだろう」って、熱い涙を流した日のことを忘れて。

      それでもやっぱり、自分が愛するものを否定されると傷つくのだ。
      なんでわかってくれないんだと、地団太踏む私がいるのだ。
      あなたと私がちがうなんて、当然のこと。そんな当たり前のことで傷ついたりするもんじゃないと、ずっと自分にプレッシャーをかけていたから、ブルボンさんがこういってくれて、「傷ついた自分を認めてやってもいいのか」と気持ちが楽になった。

      まっすぐ一生懸命に何かを好きでいることは、うつくしいばかりじゃない。
      みっともないことのほうが多い。
      熱くなっている姿を見られるのは恥ずかしい。できれば余計を恥はかきたくない、傷つきたくないって、私だって思う。だから、全力で肯定することなく、逃げ道を残した言い方をしたりする。裏切られて醜態をさらさないための保身として。

      飄々としながらも、あふれる漫画への愛を隠さない氏の語り口に、背筋が伸びる思いがした。
      ひろく漫画のすばらしさを伝えようなんて、立派な志があるわけではない。好きな漫画、おもしろい漫画に出会えなくても、それはなんら人生の損失にはならない。でも、おもしろい漫画がたくさんあるって知っている以上、その良さを伝えたいという意欲はある。
      ああ、私も単純に、好きなものは好きっていえたらいい。
      これっておもしろいよね!!って、ただそれだけの話をもっともっとしたいと思った。

      ブルボン小林氏の選考委員のエピソードは、ほかにもおもしろいネタが盛りだくさん。
      「キングダム」受賞の顛末は、漫画以上に漫画みたいな話。漫画賞の裏側に興味のある方はぜひ。
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        露悪的虚栄

        目の前の相手を傷つけてやりたくて、あえて露悪的にあえて自虐的に話をもってしまうときがある。
        いい歳なんだからもうやめよう。夜眠る前に、自分自身が後悔で疲れ果てるだけだ。


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        仕事でネズミの解剖書を扱う機会のあった先輩が、「人間のエゴのかたまりだ!かわいそうで見ていられない」と非難の声をあげていた。どうにも私はもやもやしてしまって、相槌をうつことができなかった。

        「なにこれ、気持ち悪い」ならば、苦笑いで肯いたと思う。
        ただ「ねずみがかわいそう」というなら、感受性の豊かなひとはそう感じるかもしれないと納得しただろう。

        実験用ラットを、人間のエゴの犠牲としてかわいそうがるのは、逆に傲慢ではあるまいか。
        人間様の寿命を延ばすため、死ぬために生まれて皮をはがされる道具としての命。たしかにそうだろう。実験に使用されるネズミの命に対して、人間と同じように敬意が払われているかといえば、到底そうは思えない。
        でも、もし自分が不治の病に侵されれば、きっと無数のネズミの犠牲によって生まれた治療法にすがってでも助かりたいと願うだろう。私は他者の命のために、己のエゴを犠牲にできるほど聖人ではない。

        結局自分だってその恩恵にあずかるんだから文句をいうな、ということがいいたいのではない。

        実験用ラットは氷山の一角だ。
        光合成して生きられる植物じゃない以上、私たちはいまこの瞬間だって、間接的にべつの何かの命を奪って生きている。人間にとっての生は、犠牲のうえにしか成り立たない。
        (そこまでして人間が生きるに足りる生物か、という議論は考慮しない。私たちはいま現在生きてるし、死んでしまっては議論することも思考することもできない。生きていることは絶対条件だ)
        実験用ラットが適正に扱われているか、という問題はもちろんあるだろうが、必要以上に彼らを「人間のために殺されたかわいそうな生き物」として憐れむのは、むしろ彼らの生をないがしろにするように感じた。

        子どものころに読んだ児童書に、ドイツの子どもらが豚のとさつを見に行くくだりがあった。
        割られた豚の背中に、主人公の女の子が手を差し入れる場面は、子ども心にも非常に衝撃的だったのだが、おぞましいものとして心に残っているわけではない。
        少女は肉となった豚に触れてこういう。
        「あたたかい」
        私たちの口にするものは、すべてかつて生きていたものばかりだ。その命がやってくるまでにも、さらに多くの命が費やされている。たくさんの命をもらって、私は生きている。この事実を「人間のエゴ」という都合のいい言葉でくもらせてはいけないと思う。

        とさつ場の豚も実験用のラットも、けして私と無関係ではない。
        殺しているのは、本の中のひとでも、人間のエゴでもなく、私たち自身だ。
        だからこそ、圧倒的な死の残虐性に呑み込まれることなく、命のゆくえを見定めたいと思う。
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          2011

          ふと、「2010年2月って何してたんだろう」と思ってアーカイブを開いてみた。
          ところが表示はあるのに開かない。
          いやー、焦った。べつにデータが消えたわけじゃなくて、リンクが外れているだけだったみたいなのだけど、その瞬間の自分の取り乱しっぷりにびっくりした。しょうもないことしか書いてないけれど、ここが消えてしまったら自分の足跡をたどることもできなくなってしまうわけで。知らぬ間に大事な場所になっていたんだなと、気づかされました。


          遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。
          すっかり更新のなくなった本宅ですが、もし、どこかにこの日記を見ていてくださる方がいらっしゃるなら、心より「今年もよろしくお願いします」と伝えたいです。
          本年もどうぞよろしくお願いいたします。

          2009年ごろから、ほぼ二年越しで続いていた自家中毒をこの年末にやっと消化できた気がしています。
          この二年くらいずっと、迷いと自己嫌悪と虚勢と視野狭窄とで頭でっかちになっていて、書くものも迷いだらけだった。「こうありたい」という思いに囚われるあまり、身動き取れなくなっていた。
          いま2008年まで遡っていても、2009年ごろから書くもののトーンがずーんと沈んでいるのがよっくわかる!その時々に読んでいたものや好きだった人の影響がストレートに反映されすぎていて、恥ずかしいったら!無理してんなあってのがわかって苦笑いしつつも、このみっともないあがきは残しておこうと思った。
          何に悩んでいたのかなんてすぐに忘れてしまうのだけど、この二年間拘っていたのは主観と客観の両立だと思う。
          私はものすごくコンプレックスが強いらしくて、そのコンプレックスを抱えたまま生きるための拠り所として、音楽を聴いたり本を読んだりしているようだ。だから、私にとって読書も音楽もどこまでもパーソナルな作業であって、そこで動いた感情を人と共有しようとするとき、生来のディスコミュニケーションも手伝って過剰に神経質になってしまうことがある。そのことにずっと無自覚できていたのだけど、ネット上でいろんな人の思考に触れるにつけ、だんだん自分でも自覚せざるをえなくなってきた。
          私が音楽を聴き、本を読むのはきっと「何かを信じたい」のだ。生きている価値を、死んでいく意味を、このとるに足りない人生に与えたいからだと思う。
          しかし、原理主義である私の思考には、残り九十九を殴ることでどうにかたった一つを肯定していると節がある。それに気づいてぞっとした。いつだって私は盲目に愛してきたけど、その愛情が別の何かを踏みつけてきたんだろうか。
          もっともっとたくさん読もう、たくさん知ろうとがむしゃらになった。たくさん読めば、たくさん知れば、自分と異なる何かをきちんと尊重できる気がした。そのことになんら悔いはないのだけど、また違うなにかに囚われただけだった気がする。
          理想や目的ばかり先走って、観念の肥大した化モノみたいになっていた。手段を楽しむことを、忘れていた。

          それがいま、すごくすっきりしてるんだ。
          明日にはまた、もといた場所に戻るかもしれないし、きっとずっと自分はじめじめした人間のままなんだけど、じめじめした人間のまま、身の丈にあったことをすればいいんだ。
          無理してあーしよう、こーしようって考えても、どうしようもねえなって決心が少しついた。(断言できない臆病者です。)

          そしてそう思えたのはやっぱり、バンプの音楽を聴いたからであり、榎田さんや羽海野さんの本を読んだからだった。
          歌うことでかくことで、すべてのカタをつけている人たちがいるという圧倒的な心強さ。生き様そのものが、彼らの表現だ。どうしたって私は、彼らから離れることはできないんだってことを思い知らされた。
          昨年はバンプのデビュー10周年かつ、榎田さんもデビュー10周年というアニバーサリーイヤーだった。これまで自分にとっての10年まえなんて物心つく前だったから、たいして考えたこともなかったのだけど、今年は自分がバンプに出会ってから約10年というのもあり、いまと10年前がとうとう地続きになった気がした。過去と未来と現在のことを繰り返し思いをめぐらせるほとんどはじめての年になった。だって、ほかに10年続けてることっていえば呼吸くらいしかないしな…。
          10年ってあっという間だけど長いね。はじめて思ったよ。10年間変わらずにそこに在るってことが、どれほどかけがえないことかなんてのは言葉じゃとても言い尽くせない。
          あのとき彼らがくれたものは、何ひとつなくならなかった。
          変わらないものも、変わったものも、いまはもういないものも、すべてがいまの私をつくっている。点と点がつぎつぎ繋がって、うつくしい星座を描くようだった。ひとつの点が結ばれるたびに、私のやってきたこと何も間違ってなかった!って、ひとりでも迷子じゃなかったよ!って、泣きたいような気持ちだった。
          何年もずっと彼らの作品は私に寄り添ってきて、気づけばもう自分の一部になっていた。それだけが揺ぎない事実。

          何が変わったわけでもないけれど、帰り道を確認できたような心地で新たな年を迎えられた。
          また何回だって迷子になるんだろうけど、そのときにはまた思い出せるように。目印として記しておこう。

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            人は意志する生き物であるということを

            ながらく不在にしておりました。
            別宅に入り浸る不貞の亭主さながらに、気楽に記録だけに徹せられる二号邸をつくったら、本宅がとんとお留守になってしまった。書けば書くほどに不甲斐なくなるばかりだけど、どう書くかより何を書くか、さらには書くことそれ自体が重要だろう。どうせ死ぬまで悩みも迷いも尽きることないのだから、とにかく書こう、と踏み出すその一歩目。

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            以下の文章には、いろんなボーイズ・ラブ作品の決定的なネタバレが含まれます。
            物語のオチが具体的に書いてあるので、どうかお気をつけください。

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            柏枝真郷「イレギュラー・クリスマス」を読んだ。
            こういう本にめぐり会えるから、ボーイズラブはやめられないんだ!切なくもあたたかい情動が胸を満たす。こみ上げるあついものを押し留めるように、本を閉じた。

            ふと気づいたのだけど、私は恋人が去っていくBLがものすごく好きらしい。
            榎田尤利「リムレスの空」、中村明日美子「卒業生」、木原音瀬「COLD FEVER」、そしてこの「イレギュラー・クリスマス」。あ、一穂ミチ「オールトの雲」もそうだ。

            「リムレスの空」は魚住が留学のためアメリカに旅立つ。
            「卒業生」も佐条の進学によって遠距離になる。
            「オールトの雲」では太陽が流星をハワイへと送り出す。
            この三作は遠距離恋愛エンドだ。恋愛関係が破綻にいたることはないが、距離が離れてしまう。結末には未来のへ不安と困難がほのめかされる。
            「イレギュラー・クリスマス」は遼一郎がハリーの元を去ることが、二人の実質的な「別れ」になる。
            「COLD FEVER」の二人は遠距離にもならないし別れもしない。けれど、あの非常に印象的な海辺のラストシーンは、たしかに「別れ」を暗喩している。藤島はあの写真を燃やすことで、かつての透と決別したのだ。

            これらの作品は私がとくべつに好きな本ばかりなのだけど、どれも「ふたりは幸せにくらしましたとさ」というめでたしめでたしな結末ではない。難儀な物語ばかり好きになるなあ、天邪鬼め。と思いつつ、なんで好きなんだろう?と、思いをめぐらし始めた。

            遠距離恋愛エンドが好きなのは、「想いは距離を凌駕する」という願望ゆえか、と考えてみた。けれど、上記の作品はいずれも、「離れていても二人はきっと大丈夫!」みたいな能天気な作品じゃない…。むしろ、距離が恋愛を疲弊させることに目を背けず、それでもなお離れることを選択するものばかりだ。離れても幸せに、というのは読者である私の祈りでしかなく、あまっちょろい夢だけに酔わせてくれるような作品ではない。
            まして「イレギュラー・クリスマス」だと祈るまでもなく二人は別れてしまうし、「COLD FEVER」でも、かつていたはずの透は痕跡もなく消えてしまう(ここがこのシリーズの非凡なところだと思う。記憶喪失中の人格ともとの人格の同一性が一切はかられないというのは、じつはめずらしいのではなかろうか)。
            それでも、この身をよじるほどにやるせないハリーの叫びに、忘れがたい過去を燃やした藤島の沈黙に、むしろ生きる希望のようなものを感じるのはなぜか。

            私がこれらの作品に惹かれてやまないのは、「離れる」ことや「別れる」ことや「喪う」ことの悲しみに拠るのではなく、彼らがそのようなリスクを負ってなお、「愛する」ことを選ぼうとするところにあるのだと思う。

            魚住は久留米を想う気持ちだけを握り締めて海を渡る。
            佐条と草壁は互いの未来を信じて別々に暮らし始める。
            太陽は歯を食いしばって流星を送り出す。
            ハリーは去っていくことを知りながら遼一郎に愛を告げ、
            藤島は自らの幸福な過去を灼いて、傍らにいる透の手をとった。

            選んだ結果、どんな未来がもたらされるかは彼ら自身にもわからない。
            それでも、恐れや不安を引き受けて前へと進もうとする意志に心打たれる。
            おそらく私はとんでもないロマンチストで、激しい祈りの物語を読みたいのだ。叶う見込みもなく、届く望みもない真っ暗闇のなかを、遠くのかすかな灯りだけをしるべに歩き出すような物語を。
            ある人は勇敢と呼び、ある人は無謀と云うかもしれない。夢見るための恋愛小説でシビアな結末は見たくないという人も、離れても愛し合えるなんて綺麗事だという人もいるだろう。けれど、少なくとも私にとってこれらの作品は、嘆くべきものでも絵空事でもなく、希望の物語なのだ。
            絶対的な善や美を想像することは困難だけど、人としての尊さというようなものがあるとすれば、それは人間が「選ぶ」ことのできる存在であることにあるのではなかろうか。もちろん、あらゆる事情によって、選択が不可能な場合はありうる。誰もが望むようには生きられないからこそあがき、ときにその渇望こそが修羅の道を踏ませることもある。しかし、不可能を知ってなお、人は願ことをやめられない。「やさしくなりたい」と、「つよくなりたい」と、「愛し合いたい」と。
            行為やその結果(たとえば、幸不幸)以上に、この果かなく激しい祈りにこそ、人が人である喜びと悲しみを知る思いがするのだ。

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              泡沫

              週末、大学時代の友人と会う。
              留学の準備で忙しい合間を縫って泊まりにきてくれた。

              私が就職し彼女が大学に残って、以前のように気安く行き来はできなくなった。会おうと思わなくても会えた頃が、たまに懐かしくてたまらなくなる。
              ファミレスに閉店まで居座ったり、寮の入り口で話し込んで二人で朝日を見たり、深夜の学校で心霊体験したり。いくら話しても尽きることがなかった。
              久しぶりに会ってもそれはまったく変わらず、むしろ会えなかったぶんだけ話したいことが積みあがっていた。
              話す先からそういえばあれが…そうそうこれも…、と汲めど汲めど湧いてくる。
              あんまり真剣に話したせいで頭がのぼせた。
              現実にはなんの足しにもならない話しかしなかったけれど、満足だ。あんなに一生懸命ひとに話したの久しぶりだ。楽しすぎていろいろ痛いこともやらかしまくっていたけど、まあ許してくれている…と思いたい…。迸りすぎてたな!

              会ったら教えなきゃと思っていたものは軒並み彼女も押さえていて、説明なしに通じ合える楽しさを噛み締める。ハーバード白熱教室、やっぱりアンテナに引っかかってたね。
              最終講義は同性婚らしいから私もきっと見よう。通ってきたものはまったく違うのに、根っこにあるものがものすごく似ているのが不思議だ。彼女はフィクションにはほとんど手を出さない人で、いっぽう私は創作と妄想の世界で生きているけれど、そんなこと関係ないんだな。
              心の話だけして会える時間が終わってしまう。

              いつも別れ際、次会うときまでに何かひとつやり遂げて、彼女に報告できればいいと願う。
              たまにしか会えないし、しょっちゅう連絡をとりあっているわけでもない。
              悲しいとき、つらいとき、慰めあうには距離があまる。それでも、今日も彼女ががんばっていることが、いつだって私の支えだった。たとえそばにいなくたって、遠くで同じようにあがいている存在がある。自分だけじゃない。ひとりでも、独りではない。
              私がもらったのと同じだけの心強さを、いつかかえすことができればいい。
              「いつか」と思っていた「明日」を今にすることだけ考えよう。たいしたことでなくても、つまらないもんでも、やりきったって伝えたい。

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                一途にひとつごと

                ひとのブログを3年分くらい遡るお仕事をこの2日くらい続けたら、頭ぐわんぐわんして、10時間くらい寝てしまった…起きたら美容院の予約の時間終わってた…。
                「今すぐ死ね、死んでいい」(byまりあ)という台詞で頭が染まったけど、静かに諦めた。私はなんでこう…このまえもおんなじことやったというのに。寝るのがもったいないって人がうらやましい。魂削って生きている感じがして、不謹慎に憧れてしまう。
                お金ないから豆腐しか食べないとか、やりたいことありすぎて3時間しか寝ないとか、自分を追い込んめる人ってすごいなあと思う。自分にはそれほどに賭すものがないということなんかな、とちゃちな感傷に浸ってみたり。
                向う見ずができる人と同じくらい自己管理を徹底している人も尊敬する。私はちっとも自らを律することができない。そのくせ心意気だけは、妙にカンペキ主義だから手に負えない。日本史のノートをまとめよう…と思い立てば絶対に縄文時代からはじめなきゃ気がすまなくて、土器の分類が終わる頃には疲れ果てて投げ出して、の繰り返し。せめて大和朝廷くらいまでたどり着けよ!まだ「日本」はじまってもいないよ!
                寝るなら寝たいとき寝たいだけ、どこかに行きたいなら行きたいとき行きたいところへ。根無し草です。いつまでたっても、根無し草です。


                ****


                藤くんが、唄ってる俺らが凄いんじゃなくて、聴いてるあんたたちが凄いんだ、といったこと。
                榎田さんが、彼らに命をくれたのは、みなさまです、といったこと。

                このふたつのことが自分にとって、どんだけ大きかったのかということをじわじわ実感してきた。


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                ばななさんがいっていた「親切」の定義が、
                一穂さんが「Don't touch me」で描いた厳然としたやさしさと繋がって、
                G戦で町田先生が応えた、「人格だよ」って言葉がようやく自分の中で腑に落ちた。

                ずっとわかりたくて、わからずいたのだけど、すこしだけ。すこしずつ。
                生きていくその時々で触れた大切な言葉や音や表現が、星座を描くようにぱっと結びつく瞬間。
                こういうときに心から、読んできてよかったなあ、と思う。もしかしたらそれは私にしか見えない線で、だれかにとってはただの点と点でしかないかもしれない。それでも、自分だけの線を繋いでいくことが、私にとっての読むことであり、生きることになるのだろうと思う。


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                読むというのは、自分がどういうところに立っているか
                自分の位置を示す行為に外ならない


                北村先生は理想の読書家だ。
                楽しませてもらうのではなく、楽しむ姿勢、というのか。
                暇つぶしでもなく娯楽でもなく、水を求めるように読んでいる。自分のなかに、こたえのでない問いがあることを感じている。だからずっと、探し求めているんだろう。


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                私がボーイズラブを読み始めたとき思ったこと。
                漫画全部を読むことはもう無理かもしれないけど、ボーイズラブ全部だったら網羅することができるかも!とむちゃくちゃな野望に燃えていたのであった。
                過去があり、現在があり、未来がある。クラッシクもSFもミステリーも哲学も、聞きかじり程度にしか知らない私は、いちど体系的知識の獲得っちゅーのを実感してみたかった。
                ところが、読めば読むほど世界は広がっていく。
                常に拡大しているから果てに届かないという、宇宙そのもののようだ。
                ひとつ知ってしまえば、そこから派生してもっともっと知りたくなる。
                まるで恋しているかのように。


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                無謀なことだと知ってなお、私は諦めきれずいるようです。

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                  点と点をつないで

                  「わからない」ということは人生の不毛感とイコールだと思う、という人がいた。
                  知るということは自分がガラッと変わってしまうこと、という人がいた。
                  (ネットは清濁併せ呑むツールだけれど、まったく別の場所で、誰かがひとり考えてたことを分けてもらえるのは、本当にすごいことだと思う。)

                  ずっとつかえていたいたものが、少し溶けた気がした。
                  どうしても、好きなものと、嫌いなものとがある。

                  好きなものに関しては、なんでこんなに好きなんだろう?と考える。
                  好きなもののことを考えるのは楽しい。
                  好きだから、美点はいくらでも見つけられる。

                  嫌いなものに対しては、傲慢になる。
                  捩じ伏せようとする衝動を感じる。
                  こんなもの理解できないと、思考が寸断される。
                  残り99を否定してどうにか、たったひとつを肯定している。
                  私は弱い。

                  どうして苦手なんだろう。許せないのだろう。
                  こんなにたくさん愛する人がいるのにどうして私は愛せないのか、ずっとそう思っていた。
                  半面、理解できなくていい、許せるわけない、という思いもあったのだ。
                  理解できないのは、許せないのは、自分自身への言い訳でもあった。
                  逃げ道を塞ぐのが怖かった。知って、変わってしまうのが怖かった。信じていたことがゼロになってしまうようで。愛するものが、空疎に成り果てそうで。
                  でも、そんなことはないんだ。
                  何かを理解して、何かの意味が失われるというようなことはないんだ。
                  私が変わっても、私が愛したものは変わらない。

                  好きなものは仰ぎ見てしまう。
                  私が是とするものがすなわち善であるわけでも、正しいわけでもない。好きだろうと嫌いだろうと、等しく意味や理由をもって、有限のこの世界に場所をとっている。ただそれだけだろう。理解しようとするか、しないかだけなのだろう。
                  どこかにたどり着けることがなくても、通じ合える日がこなくても、ずっと考え続けるしかできない。

                  嫌いだ、苦手だ、という思いの底に自分の無知や傲慢や保身がある。
                  私が見たくないのはそれだった。理解したい、届きたいという渇望には必ず、理解されたい、手をとってほしい、というあまえが伴って、いつも何か見落としている。自分の見たいように歪めてしまう。自分じゃない何かを変えられるはずもないのに。

                  ただ静かにまっすぐ、見据えられるようになればいい。
                  ありのままを、伝えられるようになればいい。
                  そう思ってはまた忘れて、見えてるものを見落として。その繰り返しで生きている。

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                    揺れるぶれる正しいことってなんなんだろう。

                    書を捨てよ、町に出ようなんてことば信じてなかった。

                    何も決めずに走り出すのは怖かった。
                    私は私のことが信じられない。自分の考えていることが、正しいことか、わからない。
                    ここで吐き出すことさえ躊躇してしまう。
                    思ったままに書くことすら。

                    その反面で、私はとても排他的だ。
                    周りの見えないこどものままだ。どこかでじぶんが特別だと思っている。誰かの特別になりたいと思っている。私がなにかいうことが大事なのに、大事なことだけいおうとしている。卑怯だ。臆病者だ。いつか、なにもかもにふりかえられなくなってしまうのがこわい。
                    つまらないものだと気づいてしまうのがこわい。
                    一を肯定するために、残り九十九の辻褄を合わせてしまう。変化を受け入れられない。それは、心を開くことに怠惰し続けてきた私の、無知であり、傲慢だ。私はなにも知らない。知ろうとしない。
                    知ることは人を変えてしまう。その怖さにぶつかる勇気が無ければ、いつまでもきっと、ばかなままだろう。

                    どうしてこんなに寂しがりなんだろう。
                    わかってもらいたがりなんだろう。
                    自分は自分だと思えたことなんて、きっとないんだ。
                    自信なんて、誇れるものなんて、なにもないんだ。いつだってすがるように読んでいる。読むことで忘れようとしている。楽しくて楽しくてごはんを食べるのも忘れるようななにかに、いつか出会えると思っていた。自分を賭して、生きられる何かに出会いたかった。でも、見つけようとしなかった。

                    好きになれば、とたんに怖くなる。自分より情熱を持っている人なんていくらでもいる。
                    自分の好きなんて、好きでもなんでもない気がした。いくらでも代わりはいる。私の情熱なんかは、砂場の一粒みたいに紛れてぼやけてしまう。それでも輝く何かになりたかった。選ばれたかった。

                    でも、結局何者にもなれないのだ。私はこの私のままで、居場所を探すしかないのだ。
                    これからも私は、こんなとこにいたいんじゃない、こんなはずじゃなかったと、云い続けて生きていくんだろう。そして、そう思っている間は、いつまでだってひとりだろう。たとえだれに必要とされなくても、私は喋り続け、書き続け、伝え続けなければいけない。私自身が私を愛するしか、受け容れて進むしかないんだ。
                    誰に届くことなくても、すくなくともそれは、私にとって必要なことなのだ。

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